「時間割引率」~なぜ仕事の早い人は酒や煙草にはまるのか
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■今日の100円か、1年後の150円か
今日100円を受け取るか、1年後に同じ100円を受け取るかと言われれば、誰でも今日受け取ったほうがいいと言うだろう。しかし、現在の100円と1年後の110円とどちらがいいかと言われたらどうするか。さらに、1年後の金額を130円にしたらどうだろう......。
こんなふうに受け取れる金額を少しずつ増やし、いくらまで上げれば1年待てるかを調査する。例えば、今日の100円と1年後の150円が満足できる等価だったとしよう。この比率が「時間割引率」になる。
時間割引率とは、将来を「割り引く」割合のことだ。現在の利得と将来の利得の交換比率を表すが、その比率は利子率で測るので先の例でいえば今日の100円と1年後の150円が等価だったとすれば、割引率は50%となる。
冷静に考えれば、100円より150円のほうが、価値が高い。それならば今日我慢して、1年後に150円を受け取ったほうがいいと思うはずだ。しかし、人間は誰しも、将来の利益より、目先の利益を優先する傾向を持っている。時間割引率はそんな人間の「せっかち度」を測るモノサシでもある。
人間なら、誰しもある程度はせっかちな性癖を持っているものだ。そもそも人類に農耕という、長期的な利益を待つシステムが確立される以前の社会では、将来のことなどより、目の前のチャンスを逃さない人のほうが生き残る確率が高かった。人間がせっかちなのはこの頃の名残であると考えられる。人間だけではなく、ハトやネズミのような動物も同じような性向を持つ。
ただし、せっかちの度合いには明らかに個人差がある。せっかち度、すなわち時間割引率が高い人ほど、近視眼的な行動に走りやすい。
■せっかちな人の利点はどこにある?
わかりやすい例をあげよう。ストレスの多い現代社会で、イライラを手っ取り早く解消するために煙草を一服、という人は多い。ところが喫煙は肺がんなどを含めた健康リスクを高めることはすでに科学的に証明されており、よく知られている。
こう考えると喫煙は、目先の、満足(ストレス解消)と引き換えに将来の利益(健康)を低めることになりかねない。それでも煙草を吸うという行為は、まさにせっかちな行為である。
喫煙という行為の度合いと、時間割引率の相関性を調査してみた。
まず、煙草を吸う人とまったく吸わない人を比較してみよう。現在の100円と1年後の等価は、煙草を吸う人(全喫煙者)は平均216円。対して煙草を吸わない人(全非喫煙者)の平均値は169円である。時間割引率に換算すると、煙草を吸わない人の69%に対して、吸う人は実に116%と非常に高くなっている。煙草を吸う人は全般的に、未来より現在の価値や利益をより重視しているという結果が出たことになる。
また、たまに煙草を吸う人(軽度喫煙者)よりヘビースモーカー(高度喫煙者)のほうがより時間割引率は高くなる(図参照)。
ここまでの結果から、もっとも時間割引率の低いグループは、煙草を吸ったことのない人(生涯非喫煙者)だろうと想像できる。ところが意外なことに、喫煙経験があるが、すでに禁煙に成功した人(過去喫煙者)が、もっとも時間割引率が低いのだ。1年後の等価は158円である。
なぜ禁煙に成功した人が一番忍耐力が強いのだろうか。やはり、「艱難汝を珠にす」なのだろう。一度煙草にハマった人が禁煙するのはそれなりに難しいはずだ。それを見事克服したということは、目先の欲におぼれないという人生の戒めを肌で覚えたということではないだろうか。その成功体験が、かつて高かったはずの時間割引率を大幅に下げたと考えられる。
禁煙に成功した人は時間割引率が下がるだけでなく、リスクに対してもより慎重になる傾向が強いことも明らかになっている。過去喫煙者のリスク回避度は0・279(等価は262円)となっている。ちなみに、禁煙失敗者では0・092(同215円)と、リスク回避度はきわめて低いという結果が出ている。
喫煙だけでなく、過度の飲酒や過食といった嗜癖にも同じことがいえる。目先の利益にせっかちな人ほど、酒や煙草、甘いものなどにおぼれやすい。しかし、一度それを克服した人は、嗜癖がなかった人よりも我慢することを覚える。
時間割引率が高い人は仕事でも目先の儲けに集中しがちだ。例えば金融商品のリスクをきちんと説明しないまま売りつけたり、詐欺まがいの商品をとりあえず販売して、その後のフォローや顧客への弊害は考えないといった手法を取りやすくなるといえよう。
一方、時間割引率が低い人なら、商品のいいところと悪いところをきちんと説明したうえで、納得してもらって購入してもらうだろう。短期的な利益は最大化しなくとも、長い目で見てたくさんの顧客を獲得する行動につながる可能性が高いからだ。
せっかちであり、時間割引率が高いことそのものは、必ずしも当人にとってマイナスであるわけではない。毎日大量の煙草を吸ったり、過度の飲酒をすることで健康を害したり、寿命が短くなったとしても、「太く短く、今を楽しむ人生が理想的」と考える人にとっては、なんら問題を生まないといえるだろう。
「今、商品が売れれば、先のことなんてどうでもいい」といった近視眼的な仕事をする人にも同じことがいえる。当人に罪悪感がなく、儲けられるときに可能な限り儲け、そのお金で残りの時間を贅沢に楽しく過ごすことが人生の目標であると考えているなら、時間割引率が高いことはプラスに働くといってよい。
■金融危機から学んだ人、学ばない人
ただ、ここにまったく問題が生じないわけではない。目先の利益に振り回される人は、結局、将来的に後悔する可能性が高いことが証明されている。実際に健康を害してから、あのとき禁煙しておけばよかったと考える。または、顧客に愛想を尽かされてから、詐欺的な商法を取ったことを悔やむ確率は非常に高い。当然ながら、「覆水盆に返らず」と考えるなら、やはり、時間割引率が高い人は注意を要するということになるだろう。
昨年のリーマン・ショックも、ある意味、時間割引率が高い人々による近視眼的な経営と仕事、はては日常生活の破綻がもたらしたものといえるだろう。すくなからず、後悔している人々も多いはずだ。
しかし、前述の禁煙成功者の例から考えると、一度は、目先の利益に強くおぼれたとしても、その弊害を痛感し、せっかちな性癖を見事克服した人は、もっとも時間割引率が低くなる。
だからこそ、今回の危機に何らかの形で加担してきたとしても、それが世界にもたらした負の結果から十分学び、考えを改めることができた人こそ、より長期的な利益に向かって軌道修正できる確率がもっとも高いといえるだろう。
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